自慢を続ける。
他人はよく、私が女子大の教授であることを告げると、こんな危惧を示してくれる。「それは、大変ですね。」 裏を返せば単に嫉妬に基づくいらぬお世話である。と、言いたいところだが多分こんな処だろう。毎日、そんな甘い誘惑に耐え自分を維持するのは、よほどの忍耐力が必要ではないのですか。それは、逆に苦痛でさえあるのではないのですか。と、目の前のご馳走を食べられないなんて。アナタは実に不幸な人ですね、と。 しかし、考えても見て欲しい。女性、あるいは性に限らず全ての快楽には、それなりのリスクが常にあって然るべきではないだろうか。 金銭欲を満たすため、人はギャンブル場に向かう。当然、負ければ自分の所持金を失い、損をする。出世欲を満たすため、人は会社で身を粉にして働く。だが、それが決して報われるとは限らない。長風呂も度を過ぎると風邪を引く。 生活、そして人生はそんな辛い駆け引きの連続なのである。 かく言う私も然り、男性でありながら女子大生活を送るというキテレツウハウハ状態も、一歩間違えれば確実に足元をすくわれ、身の破滅を招く。実際、教育者が教え子と関係を持ち生涯を棒に振るといった、愚かな例は枚拳にいとまがない。結局、人間は場所が違うだけでどこにいってもそれなりの快楽を求め、それなりにリスクに脅え暮らさなければならないのである。なら、その舞台が楽しいに越したことはない。 その点、私は女子大の教授なのである。私の舞台は、うら若き女性たちが集う、聖なる学び舎なのである。巷のギャンブラーが競馬場でサイフの中身と葛藤するように、一介のサラリーマンが上司のごきげんを伺うように、私は私の女子大と言う職場で毎日のように求愛を示す女生徒たちに対し、気の無いそぶりを示してみたり、時にはおだて勇気づけたり、常に心の股間をまさぐられながら、腰の落ちつかない、性的救求に身悶えするのだ。 だって、それがボクチンのお仕事。ウッフン・アッハン迫ってくる女のコちゃんに対し、顔を赤らめて、ビンビンにボッキして、目の前に広がるエロマンダラに目移りしながら怒張した亀頭に自らの顔を映し、じらしじらされ汁出して、デカマラおっ立てた子猫ちゃんを演じる・・・。 それが、ボクチン、自己完結女子大教授のお役目なんだ。 モ〜ン!! そりゃ、モ〜ウハウハよっ!! もどる
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